鍵付きの部屋を与えられた日の喜びは忘れない

小学生の頃住んでいたマンションの部屋がそれほど多くなかったのもあり、僕はずっと兄弟での相部屋でした。兄弟間で物の貸し借りをするのは当たり前ですし別にそれは構わないのですが、弟に勝手に使われたくない物、見られたくない物というのが、子供ながらにどうしても出てくるのです。それを隠そうにも机の引き出しくらいしか鍵のかかるところはなく、部屋そのものが僕だけの領域ならいいのにと、学年が進むにつれてよく思うようになっていきました。

そんな少年時代を過ごしてきたのですが、中学生になった時、なんと両親が一軒家を購入しました。しかも新築です。僕と弟にもそれぞれ別の部屋が与えられ、しかも僕の部屋はドアに鍵付きでした。後になって聞いてみたところ、中学生ともなれば親兄弟に見られたくない物も多くなるだろうし、思春期だから鍵を付けてあげようということになったらしいです。見られたくない物は小学生の頃からあったよとは思った物の、あの日鍵付きの部屋を与えてもらった時の喜びは、きっと忘れないでしょう。

その後弟も中学生になる頃に部屋のドアが鍵付きになり、自分以外誰も入ることのできない部屋ができたと大喜びしていたのを覚えています。まぁ実際は合鍵があって、両親は簡単に開けれてしまうわけですがね(笑)

あの時の喜びは、見られたくない物云々はもちろんありましたけど、一番大きいのは「なんだか大人になった気がした」からかなと、今思い出してみるとそう感じます。それは一人暮らしを始めた時、都会で電車に一人で乗っている時、就職して会社で働くようになった時にも同じ喜びを感じていたからです。あの頃はそんな些細なことでも、どこか自分の成長が感じられたから、とびきり嬉しかったんでしょうね。そういう気持ちを、今は何かと忘れがちです。あの日の喜びは忘れないからこそ、そういった気持ちそのものも忘れずにいたいものです。